プロフィール

プロフィール

心理セラピスト 会田えみ(あいだ えみ)


1973年生まれ 札幌市出身/東京都在住

【経歴・実績】
・全米NLP協会 プラクティショナー修了
・ビリーフチェンジ プロセラピスト養成講座修了
・一社)日本プロセラピスト養成協会 認定講師
・のべ1800人に心理セラピーを提供

【趣味】
カフェ巡り、ロードバイク、旅行

はじめまして。

不自由なビリーフを手放し自由な生き方を手に入れる
マインドフリーメソッド

心理セラピストの会田えみです。

これまでの悩み克服経験と心理学の知識を活かし「アダルトチルドレン」「愛着障害」のお悩みを中心に、「夫婦関係」「恋愛・結婚」「親子関係」「仕事・キャリアアップ」「性格改善」「不安障害(社会不安障害、パニック障害等)」「PTSD(トラウマ)」「うつ病の改善」など、幅広いお悩みの解決をサポートをしています。

悩みを解決する際に大切なのは、

悩みの「根本原因」にアプローチする(=悩みが再発しない)

「マイナスからゼロ」で終わりではなく、人生を「プラス」にまで引き上げる

この2つです。

私が提供する『マインドフリーメソッド』では、

不自由な価値観を手放し、悩みを根本解決する(マイナスからゼロへ)

「悩みを乗り越えた先にある、豊かで深みのある人生を手に入れる」(マイナスからプラスへ)

これら2つのステップで、「悩みを克服することでの人間的な成長」と「より幸せで充実した人生」を目指していきます。

もしあなたが、過去の私と同じように、

長年のつらい悩みから抜け出せずにいる
真面目に頑張っているのに、空回りばかりの自分を変えたい!
セラピーを受けて、自由で幸せな人生を手に入れたい!

と思っているなら、それは「今が、まさに人生を変えるチャンス」です。

セラピーは、クライアントであるあなたと、セラピストである私の二人三脚で進めていきます。
そのため、セラピストとの相性がとても大切になります。

私が、どんな人生を歩み、どのように悩みを克服し、その後、なぜセラピストになったのか。
少し長くなりますが、興味のある方はぜひご覧ください。

孤独と絶望、そして諦めの人生を過ごした子供時代

寡黙なサラリーマンの父と専業主婦の母の元で、一人っ子として育つ。

おとなしくて手のかからない子だった私は、同じ団地の女の子グループの中でも、いつも後をついていく内気なタイプでした。

喜怒哀楽の感情をほとんど出さず、わずか3~4歳で、既に「自分の欲求」を伝えることを諦めていたのかもしません。

母親が病気を患い、不安と孤独の日々を過ごした幼少期

母親が病気を患い、不安と孤独の日々を過ごした幼少期。

ふさぎ込んでいたかと思えば、急にヒステリーに怒鳴りだす母親が怖くて、

「お母さんがどうにかなってしまうのでは?」
「このまま病気で死んでしまったらどうしよう・・・」

と、いつも不安でいっぱいでした。

母親に近よることも甘えることもできず、息をひそめて機嫌を伺う日々。

大好きなお母さんに甘えたくても甘えられない。
それどころか、「安心できる心のよりどころ」であるはずの母親が、まさに危険の対象になっていました。

このことから、私の心の中に、

「自分は愛されない存在だ」という絶望感
 誰にも助けを求められない、気持ちを分かってもらえない不安
「自分はひとりぼっちで、この世界のどこにも居場所がない」という漠然とした孤独感

が、心に深く刻まれました。

これが、のちの人生で何十年ものあいだ悩まされることになる、「生きづらさ」の始まりです。

集団に馴染めず、どこにも居場所がなかった学校生活

当時はまだ、心の病気はオープンにしづらい時代。
「母親のことは絶対に周りの人に知られてはいけない」という思いが強くありました。

そのため、学校でも「私の家はみんなとは違う」という感覚からクラスに馴染めず、疎外感を感じる日々。

いつも不安や寂しさが心を占めていて、何をしても楽しめない
どこに行っても安心できる居場所がない

そんな気持ちで学校生活を送っていました。

母親の体調は安定しないことが多く、「今度こそ絶対にお酒はやめる」と約束しては、隠れてまた飲み続ける。

そんな日々の繰り返し。

子供の私は、「やっとこの苦しみが終わる・・・」という安堵から一転、何度も何度も絶望の底に突き落とされました。

アルコールに逃げる依存的な母親への不信感
母親を助けることができない罪悪感

そんな葛藤の末にたどりついたのは、

「どんなに頑張っても、私はこの状況をどうすることもできないんだ」
「私は無力だ」

という、「諦めの境地」でした。

感情にフタをして「強く生きるんだ!」と決意

どんなに力を尽くしても変わってくれない母親
どんなに助けを求めても、見て見ぬふりをする父親

先が見えない苦しさは、ついに限界に。

小学校4年生のある日、固く決心しました。

そして、自分の部屋でひとり泣きながら、家族と一緒に写っている写真を、一枚、また一枚と燃やしていきました。

写真を燃やすごとに、自分のぐちゃぐちゃの感情も全部捨て去りたかったのかもしれません。

まさに、「親とのつながりを自ら断ち切った瞬間」でした。
そして、心を凍り付かせることが、子供の自分にとって唯一生き延びるすべだったのです。

生きている実感が持てず、心は完全に死んでいた10代

それ以来、自分の気持ちがまったく動かなくなりました。
まるで、色がないモノクロの世界を生きているような無味乾燥な日々。

「朝起きたら心臓が動いている。だから、今日も仕方なく生きる」
もう、心は完全に死んでいました。

自分の中に唯一残った「親への恨み」。

身体の奥底から湧き上がる「憤り」を生きるエネルギーに変えて、何とか毎日をやり過ごすのが精いっぱいでした。

憎しみの下にある「弱さや悲しみ」に触れるのは、子供の私にとってはあまりにもつら過ぎたのです。

全てが上手くいかず、いよいよ人生が八方塞がりに

仕事、恋愛、友人関係、両親との関係。

頑張れば頑張るほど、何もかもが上手くいかず空回りしてばかり。
大人になり、いよいよ人生が立ち行かなくなりました。

スパルタ先輩社員からダメ出しの毎日で、自己肯定感はボロボロに

大学卒業後に就職した会社では、まるで引き寄せたかのように、社内でも怖くて有名な先輩社員の元に配属。

ことあるごとにつらく当たられ、ダメ出しばかりの毎日。
「怒られるたびに萎縮して、さらに相手の当たりがきつくなる」という負のスパイラル。

元々、自己肯定感が低いうえに、「やっぱり私はダメなんだ」と、心はボロボロに。
会社に行くのが憂鬱で、眠れない日々を過ごすことになりました。

結果、わずか3年で退職。

その後は、派遣社員として職場を転々とすることに。

そして不思議なことにどこに行っても「粗末に扱われる」「居場所がない」という「お決まりの結末」を繰り返すことになるのです。

モラハラ彼氏との恋愛で疲れ果て「やっぱり私は愛されない」を繰り返す

恋愛でご縁があるのは、決まって「だからお前はダメなんだ」と上から目線のモラハラ彼氏ばかり。

嫌われるのが怖くて本音を言えず、相手の顔色を伺うことに疲れきっていました。

頭の中を占めているのは、
「私さえガマンすれば・・・」
「本当の自分を見せたら、がっかりされて嫌われるに違いない」

というネガティブな思いばかり。

ときには、相手を信じられずに不安が爆発し、自分から関係を壊してしまうことも。

そして、そのたびに、
「ほら、やっぱりみんな私から離れていく」
「私は誰からも愛されないんだ」

というビリーフを強化していきました。

重苦しい家から逃げ出すも、常に付きまとう「寂しさ」と「虚しさ」

大学生になると同時に家を飛び出し、両親とは絶縁状態に。

私にとっての家。
それは、「安心できる居場所」ではなく、不安と緊張で張り詰めた「暗く重苦しい場所」でした。

誰にも助けを求められない閉塞感
母親を救えない無力な自分

そんな私に唯一できることが、「この場から逃げること」だったのです。

ずっと繋がれていた鎖を断ち切るように、家から飛び出し一人暮らしを開始。
それなのに、いつも心の片隅にへばりついている「寂しさと虚しさ」。

「どこまで行っても、この暗闇からは逃れることができない運命なんだ・・・」と、再び悟ることになりました。

立て続けに大病を患い人生がどん底に。それでも抜け出せない被害者意識の沼

そして・・・

長年の無理とガマンはとっくに限界を超え、とうとう身体までも蝕んでいきました。
30代で立て続けに大きな病気・手術を2度も経験することに。

こうして、いよいよ人生が八方塞がりになったのです。

人生のどん底を味わいながら湧き上がってくる、言いようのない気持ち。

「なんで私ばっかり、こんな不幸な目にあうんだ!」
「私の人生がうまくいかないのは、全部両親のせいだ!」
「こんな自分なんて、生まれてこなければよかったのに・・・」

「被害者意識」で周りや自分を責め続けるも、人生は全く好転せず。
それどころか、どんどん幸せから遠ざかっていくばかりでした。

そしてようやく、「人生がうまくいかない原因は、自分の中にあるのかもしれない」という発想にたどり着き、心理学の道へ一歩踏み出すことになるのです。

心理学との出会いで人生が好転しはじめる

「もう、私にはこれしかない」と、
藁にもすがる思いで通い始めた心理学の半年講座。

そこで知った衝撃の事実。

人生で繰り返す悩みの原因は、幼少期に親との関わりで刷り込まれる『リミッティング・ビリーフ(幸せを制限する思い込み)にある


「だから、どんなに努力しても人生がうまくいかなかったんだ・・・」
すべての謎が解け、それと同時に、一筋の光が見えたのです。

人の温かさに触れて、初めて人前で見せた涙と安堵

そして、人生が大きく好転するきっかけとなった講座内オープンウンセリング。

大勢の受講生が見ている中で、
勇気をふり振り、これまで誰にも相談できずに抱えていた悩みを話しました。

そしたら・・・

驚くことに、誰一人として私のことをバカにする人がいなかったのです。
それどころか、みんなが温かい言葉をかけてくれました。

人の温かさに触れて、人前で泣けなかった私が初めて涙を流しました。

まさに、「弱みを見せたら攻撃される」という価値観がガラガラと音を立てて崩れた瞬間です。

「ここでは、どんな自分でも受け入れてもらえる」という安心感。
30年以上も生きてきて、人生で初めての『安心できる自分の居場所ができたのです。

子供の頃から渇望し続けていた『安心できる自分の居場所』

私にとっての『安心できる自分の居場所』
それは、「どんな自分でも無条件に受け入れてくれる場所」でした。

頑張れなくても
期待に応えらえなくても
いい子じゃなくても
弱くても
本当は寂しがりやで傷つきやすくても

そんなこと関係なく、
「自分という存在」を、まるごと受け入れてもらえる安心感。

それは、子供の頃からずっと欲しくてたまらなかったもの。
人生で、私が何よりも渇望していたものでした。

きっと、母親にして欲しかったことかもしれません。

心理学の講座に通って手に入れた、私にとっての一番の宝物

心理学の講座で得たものはたくさんあります。

その中でも、私にとっての一番は、
「安心できる自分の居場所」「共に応援しあえる仲間」ができたことです。

知識を知れたことも、とても役に立ちました。

でもやっぱり、

知識だけでは人は変われない。
人でついた傷は人でしか癒せない。

そのことを、身をもって実感したのです。

疑心暗鬼になりながらも、諦めずに自分と向き合い続ける日々

心理学と出会い、コツコツとカウンセリングを受け続け、自分と向き合うこと数年。
玉ねぎの皮をむくように、少しずつ心がラクになっていきました。

もちろん、決して順調だったわけではありません。

頑丈に蓋をしてきた自分の過去に向き合うのは、とても勇気がいることでした。


・頭ではわかっていても、気持ちがついてこない
・自分を変えることは、これまでの人生を全否定することになるのでは?

そんな強力なブレーキが作動するのです。

時に、諦めそうになったこともあります。

「本当に変われるのかな・・・やっぱり私には無理なんじゃないか・・・」
「まだ見ぬ幸せよりも、昨日と同じ不幸の方が安心だ」
「私には不幸がお似合いだよね」

そんな気持ちにもなったことも数知れず。

でも、これまでと違うのは、
心がくじけそうになるたびに、

セラピストの方が根気強く話を聴いてくれ、背中を押してくれたこと。
共に学んできた仲間が、励まし応援してくれたことです。

そして、私の中に少しずつ
「他者を信頼する力」と「自分を信じる力(自己効力感)」ができていきました。

「私はもう一人じゃない」
「困ったときは助けてくれる人いる」
「もう、人のせいにしたくない」
「自分の人生は自分で変えていくんだ!」

という力強さが湧いてくるのと同時に、
これまで私の心を縛っていた不自由な価値観が、しだいに緩んでいきました。

心の底から湧き上がってきた「両親への感謝の気持ち」

そしてある時、人生が根底から大きく変わるきっかけとなった「ある変化」がありました。

それは・・・
「あんなに恨んでいた両親に、心の底から感謝の気持ちが湧いてきた」ことです。

・憎しみの裏には、両親への深い愛情があったこと
・両親なりの愛情をくれて、精いっぱい育ててくれたこと
・母にいたっては、命をかけて自分を産んでくれたこと

そこに気がついて、心の奥底からじんわりと両親への感謝の気持ちが湧いてきました。
同時に、「もう戦わなくてもいい」という深い安堵の気持ちに包まれました。

遂に、30年以上にも及ぶ「心の中の戦争」が終わりを迎えたのです。
それは、私のとっての記念すべき「心の終戦記念日」でした。

「心の終戦記念日」を経て、人生が大きく好転し始める

両親に感謝ができるようになってから、
驚くことに、「世の中への見え方」もガラリと変化しました。

「誰も助けてくれない」
「誰も愛してくれない」

と、頑なに心を閉ざしていたけれど、
人からのやさしさや愛情を受取り拒否していたのは、他でもない自分の方だった。

このことに気づいてからは、人生がさらに大きく好転し始めました。

あんなにつらかった人生が、彩りのある豊かな人生へ

心理学を学び続けて変化したことは、本当にたくさんあります。

・いつも心に沁みついていた孤独感や見捨てられ不安が無くなったこと

・人に助けを求められるようになったこと
・支えあえる仲間がたくさんできたこと
・自分の好き、嫌い、楽しい、幸せ、が感じられるようになったこと
・職場での人間関係がラクになり、仕事が長続きするようになったこと
・長年、絶縁状態だった父親に勇気を出して手紙を書き、そして会いに行けたこと
・結婚をして、「一人」から「二人で一緒に」の新しい世界が開けたこと
・「この先も苦しいことがあるだろうけど、きっと大丈夫」という根拠のない自信がついたこと

などなど、あげるとキリがありません。

ただひとつだけ、後悔してもし切れない「母の死」

ただ、残念ながら、
ひとつだけ後悔してもしきれないことがあります。

それは、疎遠になって以来、母親が生きているうちに会えなかったこと。
そして、母親の最期にも立ち会えなかったこと。

「人はいつからでも変わることができる」
「そして同時に、時間は有限である」


ということを痛感しました。

どんなに悔やんでも、亡くなった人が生き返ることはありません。

大好きな母親に直接、
「私を産んでくれてありがとう」
「お母さん大好き!」

と伝えることは、もう永遠に叶わないのです。

それでも、後悔ばかりしていられません。

私が母にできる、たったひとつの恩返しは、
「もらった命を、後悔のないよう幸せに生きること」

ただそれだけです。

物心ついた頃から、つらいことだらけだった私の人生。
それが、こんなにも豊かで穏やかなものになるんて、思ってもみませんでした。

本当に諦めなくてよかったなぁ、と思っています。

もしあの時、勇気を振り絞ってセラピーを受け、自分と向き合わなければ・・・
とっくに自分の人生を諦めて、今ごろは生きていなかったかもしれません。

悩み克服経験をもとに、心理セラピストとして活動を開始

現在は、自分自身の悩み克服経験と心理学の学びを活かし、アダルトチルドレン気質の方に向けて心理セラピーを提供しています。

人は諦めなければ、必ず変わることができる

「人は、幸せになるために生まれてきた」
「諦めなければ、人は必ず変わることができる」

これは、悩みを乗り越えた今、私が信じていることです。

悩みは、そのままにしておくと人生の足かせになります。
一方、自分と向き合い乗り越えれば、それはすべて宝物(リソース)になります。

楽しかったことも苦しかったことも、人生で無駄な経験はひとつもありません。
たとえ、今はそう思えなかったとしても、です。

そして私は、子供の頃につらい思いをしてきた方にこそ、

「悩みや苦しみを乗り越えたからこそ到達できる、豊かで深みのある人生」

を、ぜひ実現して欲しい、という想いで活動をしています。

更には、クライアントさんの先にいる家族や友人達にまで幸せの連鎖が続いていけば、世の中はもっと楽しく幸せになっていくはず、と願っています。

最後に・・・

私は現在、不自由なビリーフを手放し自由な生き方を手に入れる『マインドフリーメソッド』を用いて、「アダルトチルドレン」「愛着障害」のお悩みを中心に、「夫婦関係」「恋愛・結婚」「親子関係」「仕事・キャリアアップ」「性格改善」「不安障害(社会不安障害、パニック障害等)」「PTSD(トラウマ)」「うつ病の改善」など、幅広いお悩みの解決をサポートをしています。

もしあなたが今、かつての私のように

・長年のつらい悩みから抜け出せずにいる
・真面目に頑張っているのに、空回りばかりの自分を変えたい!
・セラピーを受けて、自由で幸せな人生を手に入れたい

と悩んでいるのなら、
それは、「今まさに、人生を変えるタイミング」です。

人生は泣いても笑っても一度きり。

私は、「人生のハンドルを自分で握って、幸せに向かっていきたい」というあなたを、全力でサポートさせていただきます。

「人生を変えたい!」という方は、ぜひ「初回体験カウンセリング」にお越しください
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